- 少数言語のうち、ナバホ語について取りあげる。ナバホ語とはアメリカで用いられるインディアン諸語の一つであり、アリゾナ州・ニューメキシコ州・ユタ州などのナバホ族が使用する。少数言語とはいえインディアン諸語の中では話し手が多く、約13万人が使用している。そのナバホ語およびナバホ族はアメリカ合衆国の歴史に深く関わっている。一つは西漸運動の一環としてのナバホ戦役である。もう一つはナバホ語が第二次世界大戦でアメリカ軍の暗号として用いられたことである。本論ではこの二つの出来事についてまとめる。そして結論でナバホ語の現状と考察を記す。
本論・アメリカとナバホ語
ナバホ族はインディオであり、かつて移民によって迫害されてきた歴史がある。19世紀、アメリカではジャクソン大統領の時代に「明白なる天命」を掲げて西漸運動を進め、大陸を開拓する中で強制移住法を制定し先住民の移住を余儀なくしていた。例えばチェロキー族はオクラホマへと駆逐され、116日、1300kmに及ぶ長旅をし、15000人中4000人が死亡した。その後の19世紀後半、ナバホ族も駆逐される対象となった。
ナバホ族を強制移住させた指導者はキッド・カーソンという、アメリカ合衆国西部の開拓者である。ニューメキシコ地区の新しい連邦司令官、ジェームス・ヘンリー・カールトン准将は、キッド・カーソンにナバホ族に対する遠征を率いるように命じた。以下の引用をもとに経過を追うことにする。
「ナバホの土地に侵入してきた白人とナバホの人たちは、衝突したり、和解したり、という状態にあったが、アメリカのニューメキシコ駐屯軍事司令官カールトン将軍が、ナバホの土地は「金やその他金属」を沢山埋蔵していると信じ込み、ナバホを彼らの土地から他の土地へと追い払おうとした。ナバホたちも相当に抵抗したのだが、軍隊は力に物を言わせて、家や果樹などを焼き払い、家畜を殺してしまうので、飢えのために従わざるを得なくなり、捕虜になったナバホは遠隔地に移動させられる。1854年に強行連行、約480キロに及ぶ「ロング・ウォーク」が開始され、最初は1430人、次は2400人のグループが長い道を歩かされるが、食物もなく、気候は寒く、第二グループでは目的地に着くまで197人が死亡している。あるいは、途中で子供たちは略奪され奴隷として売られている。惨状は目を覆うばかりである。」
引用元 ナバホへの旅たましいの風景
著者 河合隼雄
また、「インディオを改宗させ、キリスト教徒の生活にとどめておく」とインディオの気まぐれな魂(東京大学出版会)にも書いている。このことからもアメリカはナバホ族に対して高圧的で、支配的な態度をとったことが明らかである。アメリカはこの時、焦土作戦を実行したが、本来防御側の戦略である「焦土作戦」を、侵攻する側のアメリカが実施した理由は、アメリカの目的を知ると理解できる。アメリカはナバホ族の地に金鉱があると目論んでおり、彼らを追い出せればそれで良かったのである。しかし「ロング・ウォーク・オブ・ナバホ」から4.年後事態が動く。戦闘を始める理由だった金鉱は発見されなかったうえ、ナバホ族の故地への思いの強さを知ったアメリカが強制収容の非を認めたため、ナバホ族は帰還することができた。しかし新たな係争が生まれたことも事実である。
その後、ナバホ語は第二次世界大戦でアメリカの暗号として使われることとなる。暗号として選ばれたのはナバホ語がナバホ族固有の言語だったうえ、文法や発音が特殊だったからである。以下は、当時の状況についての英文の論文の引用を和訳したものである。
「この終わり頃に、彼は「速く、各々の言語グループの特定の言語の必要のために実用的なアルファベットのシステムを仕上げて、彼らにそれの中で読み書きすることを教える」と申し出た。
この青年は彼が「軍事戦略の何もない」を知っていると認めました、しかし、土着の言語が軍の目的のためにこの重要な語彙の代わりで「『爆弾』『プロペラ』『潜水艦』のような現代の戦争のいろいろな具体的な面その他の説明のために、十分な語彙を備えていない」ということを、彼は知っていた ― 彼が提案した ― そのような語は造り出されることができた。」
The Navajo Code Talkers of World War II: The First Twenty-Nine
著者 Zonnie Gorman
コードトーカーとは暗号通信兵のことである。ナバホ語は文字を持たない言語で、さらに、発音が難しい。この点で二次対戦の時の暗号として採用された。ナバホ語にない言葉はナバホ語の言葉を比喩のような形で使って、表現した。この暗号としての言語は対戦相手の日本に見破られることがなく、戦争での勝利につながった。
このように活躍した面も見せたナバホ語であるが、現状の問題として若い世代がナバホ族のアイデンティティーと誇りを失いつつあることも事実だ。そのために自治政府では4年前から学校教育でナバホ語を必修科目とした。ナバホ語は独自の文字を持っているが余りにも複雑なので子供たちが学習しやすいようアルファベット化した教科書を使用しているという。年配の世代間ではナバホ語を日常会話として使用しているし、オリジナルの文字は正確には書けないがある程度読むことはできる。
結論
ナバホ族は先住民の、少数民族である背景から駆逐されたこともあるが、その少数民族であり言語が複雑なゆえに、その言語が暗号として利用できるという利点があった。また、その伝統を残すためにナバホ族はナバホ語を後世に伝える取り組みも積極的に行なっている。この点で、ナバホ族は他の少数言語と違う特徴であり、話者も簡単にはなくならない。今、なぜ民族か (著者 近藤宏、里見龍樹)の中で、民族のアイデンティティーを形成する時、「いちばん重要なのは、「われわれは他者と違う」という「われわれ意識」や「われわれへの帰属意識」を生み出す連帯感ではないだろうか。」と書いていた。ナバホ語が暗号として使われたという特徴的な歴史も、アイデンティティーの形成に一役になっているのではないだろうか